2005年7月、突然の訃報が飛び込んできた。バイオマス産業社会ネットワーク副理事長で明治学院大学経済学部助教授の原後雄太氏が、出張先のトルコで事故死されたのである。日本のバイオマス利用にとっても、得がたい専門家の一人であった。

 原後氏は、2002年に出版された『バイオマス産業社会」』*で、「持続可能なバイオマス産業社会をどのように実現するか」の命題に対し、「ステークホルダーアプローチ」を提唱している。これは、グリーン電力証書制度や炭素クレジット、協同組合などによる再生可能エネルギー設備設置、FSC(森林管理協議会)などの認証制度、フェアトレードなど原産地保全を確保した商品、そしてグリーン購入・グリーン調達といったものである。

 ステークホルダーアプローチは、特定のステークホルダー(利害関係者)が、排出権クレジット獲得やグリーン購入・グリーン調達といった目的、あるいは持続可能な社会構築への参加意識をもって、持続可能なバイオマスエネルギーや製品の割高な部分(プレミアム)を支払う、というものである。

 バイオマス製品とバイオマスエネルギーを活用するバイオマス産業社会とは、原産地と消費者とが有機的につながる社会である。バイオマス製品は、有機農産物ならぬ「有機工産物」である。その消費者は、自分の消費するバイオマス製品が、地力を疲弊させることなく、地域生態系や生物多様性の安定性を損なうことなく、かつ社会的にも公正な方法でつくられたことに関心を払うだろう。

 かつての熱帯材のボイコットのように、「熱帯材を使わない」のではなく、「持続的でない熱帯材の利用を避ける」ということである。闇雲にバイオマス利用量を拡大するのではなく、「持続可能なバイオマス利用」を進めるということでもある。
消費者は、持続可能なバイオマスエネルギーやバイオマス製品にプレミアムを支払うことで、「原産地」の共同経営者となる。モノを生み出すための原産地から、原産地を維持・保全するための商品という逆転現象も起こる。

 こうした消費行動を行うのは、初めは一部の人々にすぎなかったが、広がるにつれて、企業の社会的責任(CSR)や法制化の動きと連動し、経済システムの流れを変える力となりつつある。すでに、違法伐採木材については、2005年のイーグルス・サミット(先進国首脳会議)の議論を踏まえ、日本でも政府調達からはずす旨の決定が下された。また、主要な企業は次々に環境報告書を「サステナブル報告書」、「サステナビリティ報告書」に変え、自社の製品の原料・材料がどこでどのように生産されたのかというサプライチェーンを確認する必要を認識しつつある。紙製品の原料から非持続可能な木材を排除する動きも強まっている。ロハスと呼ばれる健康や持続性に関心を持つ消費者も増えつつある。

 この十数年で、各種リサイクル法や環境関連法が多数施行され、社会の環境への取り組みは格段に進んだ。まだまだ道半ばであるが、「バイオマス産業社会」実現もまた、決して夢物語ではないのである。

 
バイオマス産業社会ネットワーク設立シンポジウムにて

<バイオマス産業社会ネットワーク理事長 泊みゆき>

*原後雄太・泊みゆき著 『バイオマス産業社会』 築地書館