3. 日本版バイオ燃料持続可能性基準の策定へ

バイオ燃料の利用拡大において、食料との競合や温暖化対策効果、生物多様性や現地社会への悪影響など持続可能性の問題が国際的な課題として浮上している【*1】。こうしたことを受けて2010年3月、経済産業省は、「バイオ燃料導入に係る持続可能性基準等に関する検討会」報告書を発表した【*2】。この報告書で提示された持続可能性基準は、エネルギー供給構造高度化法(2. 国内の概況参照)で規定されるバイオ燃料の基準として定められるものである。この基準案のポイントとしては、下記のようなものが挙げられる。

(1)温暖化ガス(GHG)排出削減

バイオ燃料を利用する場合、原料生産、製造、輸送などにおいてCO2やメタン、一酸化二窒素などの温暖化ガス(GHG)が発生しうる。この温暖化ガス排出量が利用するバイオ燃料の熱量に比べて多いと、温暖化対策としての効果が削がれる。持続可能性基準案では、このGHG排出削減水準を、ガソリンのライフサイクルアセスメント手法で評価したものの「50%程度の削減水準」とすべきことを結論づけている。

特に議論の的となったのが、土地利用転換に伴うGHG排出である。例えばブラジルにおいて、草地や森林を開拓して農地とし、バイオ燃料の原料となるサトウキビを生産する場合、開拓の際に大量のGHGが排出される【*3】。これを気候変動に関する国際間パネル(IPCC)等の値に基づき、20年間で按分する。

本来、バイオ燃料のGHG排出量は個別事業ごとにデータを積み上げ、評価すべきだが、事業者負担軽減等の観点から、GHG排出量標準値(デフォルト値)としてあらかじめ一定の条件で評価した数値を示すとしている。国産エタノールについては、実証段階のため、当面は削減水準への適合性は評価対象外とする。

この50%削減という水準で見ると、現在、生産されているバイオ燃料のうちでは、ブラジルの既存農地からのサトウキビおよび建設廃材、余剰てん菜を原料とするものに限られる(表)。

表:各バイオ燃料のGHG排出デフォルト値

参考値


*  デフォルト値は、ガソリンを100%とした場合の値。
** 多収穫米①は水管理状態の変化を伴う水田で栽培された米、多収穫米②は調整水田で栽培された米。

(出所:バイオ燃料導入に係る持続可能性基準等に関する検討会 中間とりまとめ(案))

(2)食料競合

バイオ燃料と食料競合に関する評価は、個別の事業者が影響を把握して対処することが難しいため、国が総合的に行う。事業者は、国が評価を行う際に必要な情報(原料や産地等)を提供する。

(3)生物多様性等

生産地の環境(生物多様性等)・社会(労働問題、土地所有問題等)に与える影響については、生産国の関連国内法規制の遵守を指標とする。事業者に対しては、「調達先が生産国の国内法に違反しているか否か」について、通常知り得る範囲の情報の確認(契約段階での調達先への確認および報道等の一般情報による確認等)をせずに、バイオ燃料を購入することがないよう求める。

(4)安定供給

GHG削減基準への適合性は、削減水準を50%とした場合、ブラジル産エタノールのうち、土地利用変化を伴わないものおよび一部土地利用変化を伴うものも削減水準に適していると考えられるものの、今後、実証データを収集し、削減水準への適合性を精査していく必要性がある、としている。

(5)今後のバイオ燃料の利用への影響

この日本版バイオ燃料持続可能性基準は、今後のバイオ燃料利用に大きな影響をもたらすと考えられる。

GHG削減50%という水準を現状で満たすエタノールは、国内の廃材を原料とするものと、ブラジルの既存農地で栽培されたサトウキビを原料とするエタノールにほぼ限られるが、そのいずれも課題を抱えている。

国内の廃材を原料とするエタノールでは、エタノール製造施設の動力を廃材等のバイオマスでまかなっているため、GHG排出が小さい値となっている。しかし、工場動力源として用いられているバイオマスを、例えば熱や電力として利用する場合、より多くのCO2を削減できると考えられる【*4】。現在、国内では廃材等のバイオマスはひっ迫状態にあり、温暖化対策等の見地から、現状において、限られたバイオマスの利用法として適切かどうかの判断が必要であろう【*5】。

また、ブラジルの既存農地での栽培においても、間接影響の問題がある。日本が輸入するエタノールが、例えば既存農地に植えられたサトウキビを原料とするものであっても、従来そこで生産されていたサトウキビを原料とする砂糖やエタノールの需要を満たすために、仮にセラードの森林や草原が新たに開拓されれば、むしろGHG排出を増やす結果となりかねない【*6】。間接影響の評価は非常に難しいと考えられるが、米国環境保護庁(EPA)の動向などを考慮すれば、今後、配慮せざるを得ないポイントであろう(詳細は「コラム4 バイオ燃料をめぐる国際動向:2009年」を参照のこと)。

(6)バイオディーゼル利用の動向

2009年2月、国土交通省は、高濃度バイオディーゼル燃料等を使用する際(バイオディーゼル燃料をそのまま使う場合及び軽油との混合率が5%を超える場合)の自動車の安全性等を確保することを目的に、燃料、改造、点検整備上の留意点等に関するガイドラインを制定した【*7】。混合率が5%以下の軽油混合燃料は、混合前のバイオディーゼル燃料が一定の規格に適合していることを前提に、通常の自動車燃料として使用することが可能だが、バイオディーゼル燃料をそのまま使用する場合や軽油との混合率が5%を超える場合には、燃料品質の確保に加え、適切な方法により車両改造、点検整備を行わなければ、車両不具合や排出ガス性能の悪化などを引き起こすおそれがあり、その対策として制定された。

また、全国バイオディーゼル燃料利用推進協議会は、2009年12月、「バイオディーゼル燃料取組実態調査」結果の概要を発表した【*8】。バイオディーゼル燃料原料の回収・購入、バイオディーゼル燃料の製造、利用に取り組んでいる事業者、自治体等118事業者から得た回答によると、2008年4月〜2009年3月の期間における製造量合計は6,949㎘、一事業者あたりの平均製造量は105㎘、平均製造コストは117.6円/ℓ。車両の種類別利用台数はトラック、ごみ収集車、乗用車、バス、公用車の順となっている。事業者からの要望としては、①税制の見直し、②燃料品質の確認のための検査費用軽減策、③情報提供 の順に多くなっている。


*1 詳細は、バイオマス白書20082009等を参照のこと

*2 http://www.meti.go.jp/press/20100305002/20100305002.html

*3 詳細はバイオマス白書2009 コラム◆バイオ燃料生産に伴う土地利用転換とその影響 等を参照のこと

*4 例えば、大阪府堺市にあるバイオエタノール・ジャパン・関西のバイオエタノール製造施設では、約5万tの廃材等から1400㎘のエタノールを製造するとしているが、それらを熱量で換算すると26:1となる。

*5 例えば、2008年12月に採択されたEUの再生可能エネルギー利用促進指令では、2020年に運輸部門のエネルギー消費量の10%を「再生可能エネルギー」でまかなう目標を掲げているが、液体バイオ燃料以外に再生可能エネルギー電力を使う電気自動車なども含めている。

*6 セラードについて詳しくは、バイオマス白書2009 コラム◆セラード地帯の持続可能な利用等を参照のこと

*7 http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha10_hh_000025.html

*8 http://www.jora.jp/jora_news_site/biodz/index.html

コラム7 バイオ燃料の持続可能性に関する2009年活動報告

2009年3月、NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク、財団法人地球・人間環境フォーラム、国際環境NGO FoE Japanの三団体は、基調講演に山地憲治・東京大学大学院工学系研究科教授、キース・ウィーブFAO農業経済開発部次長を迎え、シンポジウム「バイオ燃料と土地利用〜持続可能性の視点から〜」を開催した。企業、マスメディア、研究者、官庁、市民など約150名が参加した。また、このシンポジウムにおいて、下記のような「バイオ燃料の持続可能性に関する共同提言 改訂版」を発表した【*1】。

0.  エネルギー需要を削減するための抜本的対策を実施すること。地域に存在するバイオマス資源あるいは土地利用に当たっては、食料生産、マテリアル利用などの他用途との比較や外部経済を考慮した上で、総合的な観点から検討すること。バイオ燃料導入のための補助金に関しては、上記の観点から慎重な見直しを加えること

1. バイオ燃料原料の生産に当たり、森林や泥炭地などの自然生態系の転換を伴っていないこと

2. 食料生産のための資源(農地、土地生産力、水を含む)を圧迫しないこと

3. 原料供給源が明確であり、サプライチェーン(供給連鎖)のトレーサビリティ(追跡可能性)が確保されていること

4. 農地開発に伴う土地利用転換、生産から加工、流通、消費までの全ての段階を通してトータルに、十分な温暖化防止効果が見込めること

5. 原料生産のため、以下の責任が果たされていること

5-1 【法令遵守】:地域住民や生産・加工従事者の人権及び労働条件、生産・加工における環境影響に関し、当該国の国内法及び国際的な基準を遵守すること

5-2 【環境・社会影響評価】:開発に当たり、環境・社会影響評価及びその公開が適切に実施されていること

5-3 【社会的合意】:開発に当たっては、地域住民の権利を尊重し、十分に情報を提供した上での自由意思に基づく事前の合意を取得していること。利害関係者との紛争が生じていないこと

5-4 【環境管理】:排水管理、メタンなどの温室効果ガスの発生抑制、危険農薬の不使用、農薬の削減・統合的管理を行うこと。生産・製造過程において遺伝子組み換え生物が環境に放出されないこと

また4月には、100ページ以上に及ぶ「バイオ燃料の持続可能性に関する調査報告書」を作成・発表した【*2】。経済産業省の「バイオ燃料導入に係る持続可能性基準等に関する検討会」のワーキンググループでこの報告書の内容を泊みゆきが報告するなど、国内のバイオ燃料の持続可能性に関する議論に一石を投じた。報告書まとめ部分の要旨は下記の通り。

①持続可能なバイオ燃料の供給量には限界があり、現在の化石燃料需要の一部に留まるだろう

原料となるバイオマスの生産において、土地や水など食料生産との競合、生態系・生物多様性保全との競合、原料となるバイオマスの食料・マテリアル利用・飼料・肥料(土壌還元)・電力・熱利用など他用途との競合がありうる。

食料と直接競合しないセルロース系バイオマスも、土地の有限性などから持続可能な供給量には限界があり、より高い利用効率をあげることができる熱・電力利用との比較検討を行うべきであろう。これは特に、国産バイオマスの利用を考える場合に重要である。

②持続可能性に配慮しないバイオ燃料利用は、持続可能な社会への大きな脅威となりうる

持続可能性に配慮しないバイオ燃料利用は、熱帯林や自然草地などの生態系への脅威となり、気候変動(温暖化)をむしろ促進し、農薬や大気汚染などによる環境負荷を増大させ、土地利用をめぐる問題や労働問題などの社会的問題などを引き起こす可能性があり、持続可能な社会への大きな脅威となりうる。

③バイオマス資源利用を地域振興の手段とするなら、食料やマテリアル利用などより付加価値が高い利用の方が事業化がたやすいことが多い

税金や開発資金を地域振興策として投入する場合の有効性を、食料などバイオマスの他の利用を行う他の産業と比較検討することが必要であろう。

④バイオ燃料の新規市場の規模は、大きい可能性がある。持続可能性への配慮がないと、生産地などで社会的・環境的な問題が起こりうる

①で挙げたように、持続可能なバイオ燃料は、(特に現在の)エネルギー需要量のごく一部に留まると考えられるが、その一方で、現在2%程度となっている世界の輸送用エネルギー需要に占めるバイオ燃料のシェアが数%に増加すれば、その市場は数兆円に上ると推測され、新規市場としての規模は大きい。産業界がこの新規市場に関心を持つのはある意味、当然のことである。この点からも、バイオ燃料の持続可能性基準の構築や普及が重要である。

⑤日本の温暖化対策として、液体バイオ燃料利用は基本的に不適ではないか

液体バイオ燃料の温暖化ガス削減費用は、他の対策と比較して高価である。世界で最も安価なブラジルのエタノールも、日本に輸入して利用すると、CO2 1トンを削減する費用は、約4万円程度と試算されている【*3】。

⑥バイオ燃料の持続可能性配慮を、他の一次産品生産・貿易にも広げるべきである

バイオ燃料に関わる持続可能性の問題は、木材、熱帯性換金作物(コーヒー、カカオ、綿花など)、鉱物資源などにおいても同様に生じている問題である。バイオ燃料持続可能性基準構築を契機として、他の一次産品生産・貿易においても、同様の持続可能性基準を構築・普及することができれば、持続可能な社会構築への大きな一歩となりえよう。


*1 シンポジウムの詳細は http://www.gef.or.jp/activity/economy/stn/bio2009.html バイオ燃料の持続可能性に関する共同提言改訂版パンフレットは http://www.gef.or.jp/activity/economy/stn/biofuel_kyodoteigen2009.pdf を参照のこと

*2 報告書全文は、http://www.gef.or.jp/activity/economy/stn/biofuel_report2009.html に掲載

*3 出典:久保田宏・松田智著『幻想のバイオ燃料』日刊工業

*4 これらの活動は、三井物産環境基金の助成により行われた。

コラム8 廃食油は貴重な資源

廃食油は、バイオディーゼル(BDF)他さまざまな用途に利用できる貴重な資源である。すでに大規模事業所から出る廃食油については利用が進んでいるが、家庭や小規模事業所からのものの多くは、まだ有効活用されていないものも多い。

廃食油利用の最大の難関は、回収システムの構築だが、おそらく、自治体の一般廃棄物収集において、資源ごみに(例えば月1回など)廃食油を含め、食用油の入っていた容器などに入れて収集するのが最も、社会的コストが少ない方法の一つではないかと考えられる。

廃食油は、①飼料 ②工業用 ③ボイラー燃料 ④自家消費用BDF ⑤販売用BDF 等の原料として利用可能である。バイオマスの有効利用の点からは、飼料や工業(マテリアル)利用の方が燃料利用より上位にあり、経済性は、ほぼ①→⑤の順となる【*1】。回収システムが軌道に乗れば、それぞれの自治体の事情によって、資源として販売したり、市民への啓発効果を狙ってバスの燃料とするなど、さまざまな利用がよりやりやすくなる。

バイオマスの常として、廃食油の利用も、環境省、農水省、経済産業省、国土交通省そして自治体など複数の行政組織にまたがり、統合的な政策が行われにくかったところがあるが、国産液体バイオ燃料の原料としても有望な資源であり、有効活用のための政策が待たれる。

もっとも、未利用とされる家庭および小規模事業所で発生する廃食油は10万㎘程度と推定されており、日本の輸送用燃料全体の0.1%程度でしかないことには留意すべきであろう。

<NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク理事長 泊 みゆき>


*1 バイオマスの有効利用については、バイオマス白書2009「バイオマス利用の目的と位置づけ」等を参照 http://www.npobin.net/hakusho/2009/topix_01.html

上に戻る▲