2. 2008年バイオ燃料の国際的動向

(1)世界の動向

2008年、バイオ燃料をめぐる混乱はピークに達した。1月にサイエンス誌に掲載された論文によると、森林など土地利用転換にともない、多量の温暖化ガスが排出され、バイオ燃料生産による温暖化対策効果に大きな疑問が投げかけられた(コラム「バイオ燃料生産に伴う土地利用転換とその影響」参照)。

また、中国・インドなどでの食の高級化や投機資金流入に加えて、米国のエタノール推進政策がトウモロコシ価格上昇の要因となり、アフリカなどでの食糧危機の一因となったと指摘され、6月に食糧サミットが開催された。続いて7月のG8洞爺湖サミットでは、持続可能なバイオ燃料の基準についての議論を、2005年のグレンイーグルスサミットを機にG8+5による合意で創設された組織である、国際バイオエネルギー・パートナーシップ(GBEP)で議論されることが決定した【*1】。GBEPでは、2009年のG8サミットまでに結論を出すべく、基準策定作業が進められている。日本国内においてもこうした状況に対応するため、農水省と経産省がバイオ燃料の持続可能性を議論する委員会を組織した【*2】。

コラムバイオ燃料導入目標のモラトリアム等を提案

NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク、国際NGO FoE JAPAN、財団法人地球・人間環境フォーラムは2008年5月、「G8環境大臣会合に向けた国際市民フォーラム バイオ燃料・森林減少防止は気候変動対策となるか?」を開催し、市民、企業、団体、ジャーナリスト、政府関係者、研究者等約150名の参加を得た。

大会宣言では、バイオ燃料ブームによる乱開発、生態系の破壊、伝統的な土地利用との競合、農地や水の奪い合い、食糧価格高騰、土地利用転換に伴う大量の温室効果ガス排出などを懸念し、燃料削減のための需要側アプローチを訴え、G8環境大臣会合に向けて、以下のメッセージを発信した【*】。

1)バイオ燃料の導入目標のモラトリアム期間を設け、再検討すること

2)洞爺湖サミットにおいて持続可能なバイオ燃料の生産・利用のための基準づくりのための枠組みを議論すべき

3)国際基準づくりは各国の市民・NGO等の公正かつ十分な参加のもと透明な手続きで行なうべきであり、食糧問題・土地利用・エネルギー効率・生物多様性・交通政策・費用対効果など幅広い視点を考慮した上で検討すべき

4)現時点では基準づくりやバイオ燃料の環境社会影響評価のための研究に資源を投入すべきであり、温暖化対策としての効果などが不明なままバイオ燃料の一括した促進のための補助金は再検討が必要

* 詳細はhttp://www.gef.or.jp/activity/forest/G8forum_report.htmlを参照のこと

(2)持続可能なバイオ燃料とは

持続可能なバイオ燃料基準については、国連を初めさまざまな機関がレポートや声明を出しているが、そのうちの一つ、持続可能なバイオ燃料円卓会議による「持続可能なバイオ燃料生産のためのグローバルな原則および基準案【*1】」の項目は、下記のようなものである。


1)法律遵守  2)協議、計画およびモニタリング  3)温室効果ガス排出
4)人権および労働者の権利  5)地域および社会的開発  6)食糧安全保障
7)自然保護  8)土壌  9)水  10)大気  11)経済効率・技術と継続的な改善
12)土地権利


上には含まれていないが、輸送用燃料の調達という目的に対して、バイオマスをどう使うのが費用対効果に優れるかといった視点も必要だと考えられる(草木バイオマスをエタノールに変換するより、発電して電気自動車に使用した方が3倍以上効率的という試算もある【*2】)。理想を追いすぎて実現性が乏しくならないようすべき一方で、少なくとも現状を悪化させない基準が必要であろう。当面、国際的に強制力のある基準ができる公算は高くないが、金融機関の融資基準に適用されるようになれば実質的な効力が期待できる。また、バイオ燃料の持続可能性基準策定により、木材など他の資源利用の持続可能性に対しても国際的関心が高まることが期待される。

(3)混乱に歯止めはかかるか

サブプライム問題を契機に投機資金は商品市況からいっせいに引き上げ、原油価格・食糧価格は急落した。バイオ燃料分野でも、行き過ぎたブームは沈静化する可能性がある。

一方、インド政府は、2003〜2007年の間に40万haのヤトロファを栽培し、2012年までに1,000万haの荒廃地で栽培し、ディーゼル消費の2割をヤトロファ油製バイオディーゼルでまかない、500万人の雇用を生み出す目標を立てている。中国の国家林業局も4000万haのヤトロファやトリハゼノキなどバイオディーゼル向け原料生産を行なう「能源林」開発計画を作成しているように、大規模な開発計画は依然、進行している(ヤトロファの持続可能性の問題については、コラム◇バイオ燃料をめぐる国際動向:2008年およびコラム◇ヤトロファの可能性と課題を参照のこと)。

日本の商社などによるブラジル、東南アジアへのバイオ燃料生産・調達も始まっているが、持続可能性についての配慮は必須である。特に、ブラジルのセラードの生物多様性に対しては、保全すべき地域と開発可能な地域のゾーニングなどが必要となってこよう(コラム◇セラード地帯の持続可能な利用参照のこと)。 経済的苦境に伴い、資源と資金の浪費が許されなくなる中、さらに賢明な利用へ向けての努力が求められよう。

ヤトロファ

ヤトロファ

コラムバイオ燃料をめぐる国際動向:2008年

前年に吹き始めた逆風が嵐に変わった、それでも一旦進み始めた大船は簡単には止まらない。バイオ燃料をめぐる2008年の国際動向はこのように特徴づけられる。

最初の嵐は、科学界から来た。欧州委員会(EU政府)が、2020年における輸送用エネルギー消費の少なくとも10%をバイオ燃料でまかなうことを義務づける指令案を提案した直後の2月7日、米国農地のバイオ燃料原料生産への利用が誘発する全世界の土地利用の変化(間接影響)とそれがもたらす温室効果ガス(GHG)排出増加を定量評価する研究が、サイエンス誌に発表された【*1】。この研究によると、米国のトウモロコシ・エタノール利用目標が引き起こす土地利用の変化で増える排出量をエタノール利用による排出削減で相殺するには、167年かかる。GHG排出削減というバイオ燃料推進の最大の根拠が大きく揺らいだ。

この研究を受けて英国政府が再生可能燃料庁(RFA)に委嘱した「バイオ燃料の間接影響レビュー」【*2】は、次のように結論した。バイオ燃料需要のための既存の農業生産の排除が土地利用変化を加速、生物多様性を減らし・GHG排出を減らすどころか増加させる恐れさえある。バイオ燃料原料生産は、食料生産に利用される農地で生産されるべきではない。バイオ燃料導入は、土地利用への影響の有効なコントロールが実施されるまで大きく減速すべきである。同じく4月に発表された欧州委員会共同研究センター(JRC)の報告【*3】も、間接影響は不確実でバイオ燃料がGHG排出を減らすと確実性をもって言うことは不可能とした。バイオマスは輸送部門よりも電気や熱の生産などに利用する方が化石燃料利用やGHG排出を大きく減らすと、輸送部門の目標設定に否定的だ。

それにもかかわらず、2008年末に成立したEU指令は、10%目標を堅持した。GHG排出削減の大義名分は降ろせない、当面の経済的損害を考えれば動き出した大船は止められないということだろう。GHG排出量の最低削減率を35%とする欧州委の持続可能性基準も維持された。間接影響を考慮し、10%の余裕を見た欧州議会の45%案は退けられた。間接的土地利用変化のGHG排出への影響については、欧州委員会に2010年末までの報告を義務づけただけだ。これで、ナタネ・バイオディーゼル、ブラジルやマレーシアのサトウキビ・エタノール、大豆やパームオイルを原料とするバイオディーゼルも皆、救われることになる。

しかし、この大船の前には、バイオ燃料生産増大自体も一因をなす原料価格高騰の大波が立ちはだかった。大量の補助金で覆い隠されてきたバイオ燃料の経済的存続可能性をめぐる問題が、一気に表面化した。バイオ燃料の生産コストの大半は原料コストである。EUやマレーシアの多くのバイオディーゼル企業が破綻、米国では11月に最大手エタノール企業さえ破産に追い込まれた。フィナンシャル・タイムズ紙によれば、株式を公開する米国最大のエタノール生産6社の市場価値は、ピーク時の06年半ばに比べて87億ドルも減った。「エタノール産業が別の産業だったとしたら、今は瀕死だ。しかし、トウモロコシ畑を車の燃料に変える夢は死ぬのを拒否している」。ただし、原油価格とともに急落を始めたトウモロコシ価格は1ブッシェル4ドル前後に下げ止まっている。他方、原油価格はトウモロコシの損益分岐点価格が2.56ドルとされる1バレル40ドル前後にまで落ち込んだままだ【*4】(図1参照。損益分岐点価格は原油価格のレベルに応じて変わるが、この図における各時点の原油価格に応じた損益分岐点価格は*4の文献のデータの直線的外挿により筆者が推算した)。夢は死ななくても、エタノール産業の未来は見えない。

図1:原油及びトウモロコシ価格の推移と米国エタノール生産の原料トウモロコシ損益分岐点価格(08年月別)

図1:原油及びトウモロコシ価格の推移と
米国エタノール生産の原料トウモロコシ損益分岐点価格(08年月別)

米国エネルギー情報局は12月、2022年に360億ガロンの利用を義務付けたエネルギー法の目標は達成できないとする2009年エネルギー見通しを発表した【*5】。目標は2030年には達成できるが、頼みとする第二世代バイオ燃料はまったく増えず、輸入の増加でやっと目標に届く。オバマ政府の農務長官に指名されるビルサック前アイオワ州知事は熱心なバイオ燃料唱道者だが、フィナンシャル・タイムズ紙は、作物補助金廃止と引き換えに、熱帯雨林の農業生産への転換をやめさせる協定を結ぶという「プラグマティックなアプローチ(現実的路線)」を選ぶかもしれないと分析する。バイオ燃料の経済的存続可能性の危機は、米国エタノール政策を現実路線に引き戻す契機となるかもしれない。

とはいえ、とりわけEUの10%目標が誘発した途上国のバイオ燃料ブームは、多くの途上国の社会的・経済的・環境的持続可能性に暗い影を落とす。目下の最大の懸念は、国際的投資家が火をつけ、多くの途上国政府も煽り立てるアフリカ・南米・南アジア・東南アジアなどに広がるヤトロファブームである。数万haから数百万haにも及ぶ土地が次々とヤトロファ畑に変えられつつある。しかし、この植物に関する研究は、「養分要求・水利用・労働投入が少なくて油の収量が高い、食料生産との競合はない、病害虫に強いといった主張は科学的証拠による裏づけがないと結論した」(2008年FAO食料農業白書)。主張とは反対に、ヤトロファはより高い生産性を求めて既存の食料生産用地も侵食している。巨大な面積の土地のヤトロファ畑への転換が取り返しのつかない災厄をもたらす恐れがある。

図2:バイオ燃料利用は2022年には再生可能燃料基準(RFS)目標:360億ガロンに届かないが、2030年までにはこれを超える

図2:バイオ燃料利用は2022年には再生可能燃料基準(RFS)目標:360億ガロンに届かないが、2030年までにはこれを超える

<北林 寿信(農業情報研究所主宰)>

*1 http://www.sciencemag.org/cgi/rapidpdf/1151861.pdf
*2 http://www.renewablefuelsagency.org/_db/_documents/Report_of_the_Gallagher_review.pdf
*3 http://ec.europa.eu/dgs/jrc/downloads/jrc_biofuels_report.pdf
*4 http://www.fao.org/fileadmin/user_upload/foodclimate/HLCdocs/HLC08-inf-1-E.pdf p.8
*5 http://www.eia.doe.gov/oiaf/aeo/index.html?featureclicked=1&

コラムバイオ燃料生産に伴う土地利用転換とその影響

地域分散型であった伝統的なバイオマス利用に対し、ここ数年、白熱した議論が展開されたバイオマス由来の液体燃料は、商業ベースで大量供給・消費可能、一義的には国際市場で取り扱いされるという石油と同様の特徴を期待されていることが特徴である。原料作物についても主として単一作物の大面積大量栽培を伴うことに留意が必要である。

大規模資本による大面積開発の影響については、今まで国際市場向けの農産品の大量栽培や植林事業が、地元コミュニティの伝統的な自然資源利用との競合を引き起こしてきたことに学ぶべきであろう。

例えば、アブラヤシ(オイルパーム)農園の拡大が続くインドネシアやマレーシアにおいてもこのような構造が見られるケースがある。

「もし農園ができたら、村にとっての畑がなくなり、共同で使ってきた森がなくなる。伝統や文化もなくなる」。シナルマス・グループのアブラヤシ農園開発計画に対して、村ぐるみで反対を続けている西カリマンタン州ジャンティン村の元村長は反対の理由をこのように説明する【*1】。

<直接影響と間接影響>

FAO(国際連合食糧農業機関)によれば、ここ数年のバイオ燃料需要の伸びは、過去の農産品に対する需要の伸びをはるかに上回っている。バイオ燃料生産のために利用されている土地は2004年時点で約1,400万haであり、世界の耕作地の1%を占めるに過ぎないが、2030年には3,450〜5,850万haに増加すると予測されている【*2】。OECDによれば、各国が輸送燃料におけるバイオ燃料の割合を10%にするのに必要とされる土地の耕地面積に比した割合は、EUでは72%、アメリカでは30%、世界では9〜37%と高い値を示している【*3】。

直接的な土地利用変化に加え、評価や証明は難しいものの、間接的な土地利用変化も注目されている。たとえば、アメリカにおける大豆からトウモロコシへの転作が生じることにより、他国(例えばブラジル)において大豆農地が拡大するといった指摘がある。

<自然植生の喪失による炭素排出>

森林や草原は、植物体、落ち葉・枝、土壌中に炭素を蓄積しているため、農地に転換されたとき、木材などの形態で一定期間使用される分を除き、もともとの炭素ストックとの差が大気中に放出される。ある研究では、いくつかの土地利用転換パターンにおける炭素排出量と、生産された各バイオ燃料の利用によって削減できる年間の炭素量から、炭素の回収にかかる年数を試算している(図)。

自然植生を転換した場合、回収年は最大で400年以上(インドネシア・マレーシアの泥炭林がパーム農園に転換された場合)、最小で17年(木の生えたセラードがサトウキビ農園に転換された場合)である。このような場合に、自然植生の転換を正当化することは難しいだろう。

図:土地転換に伴う温室効果ガス排出を何年かければ相殺できるか?

図:土地転換に伴う温室効果ガス排出を何年かければ相殺できるか?

Joseph Fargione, Jason Hill, David Tilman, Stephen Polasky, Peter Hawthorne, Land Clearing and the Biofuel Carbon Debt , Science 29 February 2008: Vol. 319. no. 5867, pp.19 1235 -1238より抜すいし、引用
注)ここでは自然植生の転換を伴うケースについてのみ紹介する

<満田夏花(地球・人間環境フォーラム主任研究員)>

*1 2008年11月、インドネシアの環境NGO・WALHIの協力で、泊みゆき氏(バイオマス産業社会ネットワーク)、柳井真結子氏(FoE Japan)、筆者らにより実施したヒアリング調査による。
*2 FAO. 2008. The State of Food and Agriculture 2008
*3 OECD. 2006. Agricultural Market Impacts of Future Growth in the Production of Biofuels

コラムセルロース系バイオマスの技術開発動向

1.はじめに:米国の動向

21世紀が環境の世紀と言われて久しい。前世紀に躍進した資源多消費型産業の発展は今後、望むべくもなく、企業はもちろん社会全体に対して資源循環型の生産、物流、消費体系が要望される。このような背景のもと、非食料の再生可能資源である植物由来資源(セルロース)からの化学品、エネルギー製造(バイオリファイナリー産業)の早期実現が大きく期待されている(図1)。

図1:米国の戦略

図1:米国の戦略

バイオリファイナリーの産業化には2つの大きな流れがある。バイオ燃料(セルロースエタノール)の実用化が秒読み段階であり、さらにグリーン化学工業の実現が目前になったことである。グリーン化学工業は、石油化学の出発原料そのものを、バイオマス由来セルロースに変更してしまおうというのである。バイオエタノールからエチレンを製造、プロピレン原料にバイオプロパノールを使用する。石油化学工業から“石油”が消えて、グリーン化学工業に生まれ変わるのである(図2)。

2.RITEにおける研究の取り組み

地球環境産業技術研究機構(RITE)では、これまでに新規技術コンセプトに基づく高効率バイオプロセスーRITEバイオプロセスーを確立した。高効率のkeyは、従来のバイオプロセスが微生物の増殖に依存して物質生産を行うのに対して、微生物細胞の生育を人為的に停止した状態であたかも化学触媒のように細胞を利用し、化合物を製造させることにある。これにより従来のバイオプロセスにつきものの低生産性(STY:Space Time Yield)が大幅に高効率化され、化学プロセスと同等以上の生産性が可能となった。

3.おわりに

20世紀に開花した石油化学が現代社会生活を一変させたように、バイオリファイナリーの産業化は21世紀の産業構造のパラダイムシフトの可能性を秘めている。我が国でも国家戦略として更なる技術開発の促進が期待される。

図2:グリーン化学工業

図2:グリーン化学工業

<地球環境産業技術研究機構(RITE)理事・バイオ研究グループリーダー 湯川 英明>

コラムセラード地帯の持続可能な利用

ブラジル中央部に広がるセラード地帯は、総面積約2億ha、ブラジル国土の約21%を占める広大な熱帯サバンナ地帯である。セラードとは「閉ざされた」を意味し、その酸性の強い乾いた大地は、長い間農業に適さない不毛の土地として開発を逃れていた。

そんなセラードの原野が急激に姿を変えたのは、首都ブラジリア遷都をきっかけに始まった1970年代以降の農業開発による。土壌改良技術と灌漑設備の導入により原野は大豆栽培などの農地や牧草地へと劇的な変化を遂げた。現在はブラジルのみならず世界の穀倉地帯へと成長している。

しかしこの大規模な農業開発は、セラードの自然植生を大きく改変した。衛星画像を使った解析によれば、セラード地帯の約57%の土地が既に農地や牧草地などに転換されたという。その消失のスピードは年間300万ha、1分間にサッカー場2.6個分に相当し、これは実にアマゾンの破壊の約2倍のスピードという(CI 2004)。

近年、このセラード地帯は地球温暖化対策とバイオ燃料という時代の新たな要求により、更なる開発圧力にさらされている。セラードには約900万haの耕作可能地が存在するとされる。この世界最大の農業フロンティアを舞台に、日本を含む世界各国の商社や穀物メジャーなどのアグリビジネスへの参入が加速しており、土地の大豆やサトウキビ農地への転換が進んでいる。

そんなセラードの保護区で、2008年に哺乳類と鳥類を含む14種の新種が発見されたというニュースは記憶に新しい。セラード植生の特徴として、草原から河畔の鬱蒼としたジャングルまで、極めて多様な生態系がモザイク状に分布している点が挙げられる。この多様な生態系は生物へ変化に富んだ生息環境を提供し、世界で最も豊かな生物多様性を育んでいる。セラードの自然植生は、ユネスコの世界自然遺産や米国の環境NGOコンサーベーション・インターナショナル(CI)のホットスポットに指定されている【*1】。

セラードの自然植生

セラードの自然植生

セラードの保護地域は全体面積のわずか2.2%である。しかも本格的な生物多様性調査はまだ始まったばかりで、発見される以前に絶滅した多くの種が存在し、現在も絶滅は進行していると考えた方が自然であろう。既にバイオ燃料の生産を無秩序に拡大させる事による弊害は、環境面のみでなく経済・社会面でも指摘されている。これ以上の生物多様性の喪失を阻止するためには、残された自然植生を保護し既に改変された土地の多様な生態系を回復させる事が緊急に必要である。しかし無秩序で短期的な利益を追求した開発を阻止するためには、自然保全の立場からの取組みだけでは限界がある。日本を含めた国際社会がバイオ燃料開発の弊害を認識し、環境・経済・社会との調和の中で生物多様性が保全されるような方策を探す事が緊急に求められている。

<元ブラジルJICA専門家 浅野 剛史>

*1 http://www.biodiversityhotspots.org/xp/hotspots/cerrado/Pages/default.aspx
*2 セラードにおける生物多様性については、例えば「日伯 セラード農業開発協力事業(PRODECER)環境モニタリング報告書」等を参照のこと

コラムヤトロファの可能性と課題

<注目されるヤトロファ>

2008年原油の高騰と共に穀物・植物油も高騰したため、バイオ燃料と食糧の競合が問題視されるようになった。それに伴い、バイオディーゼル原料油として、食用に適さない植物油を収穫できるJatropha curcas L.(以下ヤトロファ)が注目を集めている。しかし、油脂が食用に適さないとしても、食料生産を行っている土地をヤトロファの生産に転換したのでは、食料との競合問題の解決には至らない。つまり、食料との競合問題は土地利用の問題であって、非食用油脂であることは問題解決には無関係な特徴と言える。

ヤトロファの注目に値する特徴は、以下の3つの可能性があることだと考えている。

1.乾燥に強く貧栄養の土壌でも生育可能であることから、従来の耕作不適地を有効活用できる可能性
2.油脂だけでなく、タンパク質が豊富なミールも得られることから、飼料化に成功すれば、エネルギー・食料の両方の生産向上に資する可能性
3.耕作適地での栽培においては、パームに次ぐ油脂量と大豆と同程度のミールが得られることから、1の条件下でも高い生産性を実現できる可能性

<ヤトロファの課題>

ただし、ヤトロファの注目に値する特徴は、現時点ではあくまで可能性であり、実現のためには、それぞれの条件下での適応品種開発および栽培方法の確立が必須である。

品種開発の目標は、生産者側の欲求(例えば、5万円/haの利益が欲しい)と利用者側の欲求(例えば、石由価格との関係で種子を10円/kg以下で買わないと採算が合わない)の双方の欲求を満たせる水準まで生産性を高めることにある。利用者側の欲求は、石油価格に連動しており、世界でそれほど格差が生じないが、生産者側の欲求は、現在の生活水準や生活様式によって異なるため、ある国のある地域で欲求を満たす生産性が、他の国の他の地域においても欲求を満たせるとは限らない。いずれにしても、現状の生産性では、生産者側が満足できるレベルに達していないことが多いため、流行りで植栽されることはあっても、長続きせずに終わる可能性が高いと憂慮している。

ヤトロファを推進している国においても同様の認識を持っており、EU・インド・中国・シンガポールなどの各研究機関や企業において、母材となる種子の収集と選抜、選抜された母材の交配、遺伝子解析や遺伝子組換体の作出などが急速に進められている。各国が大規模な予算をヤトロファの研究に配分したことから、特許申請や論文発表が続くことになると思われる。

話は逸れるが、バイオマスの利用加工技術のみならず、このようなバイオマスの生産技術についても植物資源を囲い込む国際競争が激しくなると予想される中、ヤトロファに限らず、日本として海外のバイオマス資源をどのように位置づけ、どのような戦略をとるのか、早急に議論を深めることが必要ではないかと考える。日本は、優れたバイオテクノロジー技術を有するだけに、積極的な戦略もあるのではないかと期待している。

<日本植物燃料の取組み>

弊社日本植物燃料株式会社は、品種開発について、財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)からの受託研究および独自の活動として世界20カ国以上からヤトロファを収集し、各データに基づき選抜を進め、品種診断用のDNAマーカーの作成も行っている。同時に、弊社の成果物を国内の研究機関にも提供し、相互に協力を行っている。

栽培方法については、34通りの試験区で比較栽培試験を続けている。飼料化について、実験室レベルにおいてホルボールエステルや各種タンパク毒の除去に成功しており、2009年はスケールアップの実証および動物試験を行う段階にある。今後は、引き続き品種の開発を進め、生産者側利用者側の双方が満足するヤトロファ事業のモデルを早く確立できるよう精進する所存である。

耕作適地における生産性

耕作適地における生産性

弊社フィリピン試験区における個体選抜

弊社フィリピン試験区における個体選抜

<合田 真(日本植物燃料株式会社【※】代表取締役)>

* 日本植物燃料株式会社